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<title>世界の久米島んちゅ ~くめじまたいむ~</title>
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<description>  久米島から飛び出て元気にがんばっています！  海外通信員の久米島んちゅからの現地の報告レポート</description>
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/25673582.html">
<title>１８年度の東京久米島郷友会</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/25673582.html</link>
<description>１８年度の東京久米島郷友会＜その１＞お年寄りを大切にする沖縄らしく、長寿を祝い、健康を祈念し記念品の贈呈式がありました。ご覧の通り、車いすの方も数名いました。保護者にも感謝です。来年もお会いできることを楽しみにしています。＜その２＞平良町長がお見えになりました。情報はどこから流れたのでしょう？町長の同期生が多数集まりました。・・・ご覧下さい。「東京久米島郷友会」終了後の同期会の宴会は、さぞ楽しかったと思います。（笑＜その３＞名士の方のご紹介もありました。・・・ご覧下さい。これ...</description>
<dc:subject>東京（日本）中村通信員</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-10-18T06:39:40+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
１８年度の東京久米島郷友会<br /><br />＜その１＞<br />お年寄りを大切にする沖縄らしく、長寿を祝い、健康を祈念し記念品の贈呈式がありました。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_1015_0017.jpg" alt="2006_1015_0017.jpg" width="400" height="300" border="0" /><br /><br />ご覧の通り、車いすの方も数名いました。<br />保護者にも感謝です。来年もお会いできることを楽しみにしています。<br /><br />＜その２＞<br />平良町長がお見えになりました。<br />情報はどこから流れたのでしょう？<br />町長の同期生が多数集まりました。・・・ご覧下さい。<br />「東京久米島郷友会」終了後の同期会の宴会は、さぞ楽しかったと思います。（笑<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_1015_0019.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="2006_1015_0019.jpg" /><br /><br />＜その３＞<br />名士の方のご紹介もありました。・・・ご覧下さい。<br />これからも久米島の為にも宜しく御願い致します。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_1015_0008.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="2006_1015_0008.jpg" />
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/19828235.html">
<title>第10話 こんな所で死にたくない!(海人とーちゃんのアメリカンドリーム）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/19828235.html</link>
<description>8月某日 大陸横断も3日目である。今日も車は何もない砂漠の中をひたすら走る。シーンと静まりかえった車内。ただフリーウェイを猛スピードで回転するタイヤの音がゴーゴーと響きわたる。退屈で仕方がない。"そうだラジオを聞こう。"スイッチを入れると ローカルなラジオ局から流れてくるカントリ-ミュージックばかりである。まあ仕方がない。後部座席を覗いてみると みんなすやすや寝てる。なんともほほえましい光景ではないか。ところで おじさんは大丈夫なのか。"ちょっと- おじさ-ん 居眠り運転危な...</description>
<dc:subject>海人とーちゃんのアメリカンドリーム</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-06-25T14:50:05+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
8月某日 大陸横断も3日目である。<br />今日も車は何もない砂漠の中をひたすら走る。<br />シーンと静まりかえった車内。<br />ただフリーウェイを猛スピードで回転するタイヤの<br />音がゴーゴーと響きわたる。<br />退屈で仕方がない。"そうだラジオを聞こう。"<br />スイッチを入れると ローカルなラジオ局から<br />流れてくるカントリ-ミュージックばかりである。<br />まあ仕方がない。<br /><br />後部座席を覗いてみると みんなすやすや寝てる。<br />なんともほほえましい光景ではないか。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep10_backseat_1.jpg" alt="ep10_backseat_1.jpg" width="237" height="186" /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />ところで おじさんは大丈夫なのか。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep10_driver.gif" alt="ep10_driver.gif" width="230" height="240" /><br /><br />"ちょっと- おじさ-ん 居眠り運転危ないですよー!"<br />そしてなんと、次の瞬間<br /><strong><span style="font-size:large;">ガタガタ、ゴロゴロ-!</span></strong><br />車は路肩へ突っ込んで行った。。。。。。。。<br />。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。<br />幸いここは砂漠なので歩行者も建物もなかった。<br />"フー! 助かった!"<br />まさに危機一髪のところだった。<br /><br /><br /><br />それからしばらく車内には緊張間が漂った。<br />さすがにおじさんも反省した様子。<br />後部座席のおばさんやいとこたちもシャキッと<br />している。<br /><br />......それから10分後、<br /><br /><br /><br /><br /><br />後ろの座席からズーズー、ゴーゴーとなにやら音が聞こえる。<br />振り返ってみると。。。。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep10_backseat_2.jpg" alt="ep10_backseat_2.jpg" width="320" height="186" /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">なんと</span></strong>、...ね、寝てる。<br /><br /><br />さっきあんな事故があったばかりなのに。。。。<br />ところでおじさんは大丈夫なのか?<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep10_driver_2.jpg" alt="ep10_driver_2.jpg" width="230" height="240" /><br /><br /><br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">オイオイオイオイオイ!</span></strong>"<br /><br /><br />俺はこんなとこで死にたくない!"<br />つくづくそう思う自分であった。<br /><br /><br />--------------------<br />クルーズコントロール<br />--------------------<br />クルーズコントロールは日本ではあまり普及してないようだが<br />アメリカではほとんどの車に装備されている。<br />クルーズコントロールのボタンを押して速度をセットすると<br />なんとアクセルを踏まなくてもセットした速度で車が走り続けるのだ。<br />何時間もアクセルを踏み続けていると結構足が疲れるものである。<br />そんな時にこれがあると随分楽である。<br />ただし、ちょっとでも居眠り運転をするとかなり危ない。<br /><br /><br /><br /><a href="http://blog.with2.net/link.php?252336" target="_blank"><img
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/19127488.html">
<title>第9話 いよいよルイジアナへ</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/19127488.html</link>
<description>9月から学校が始まる。場所はルイジアナ州のRustonという小さな町にあるルイジアナ工科大学。そこで１年間 英語の勉強する予定だ。Rustonまでは約3.000キロ。かなり遠い。ところがなんとアメリカーの叔父は車で連れて行ってあげると言うのだ。とーちゃんの長距離ドライブの経験といえばせいぜい那覇から辺戸岬くらいである。カリフォルニアからルイジアナまで時速100キロで走っても3日はかかる。ホントに大丈夫なのかアメリカーのおじさん。アメリカーの叔父の話によると "ナンドモ タイリ...</description>
<dc:subject>海人とーちゃんのアメリカンドリーム</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-06-11T18:00:52+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
9月から学校が始まる。場所はルイジアナ州の<br />Rustonという小さな町にあるルイジアナ工科大学。<br />そこで１年間 英語の勉強する予定だ。<br />Rustonまでは約3.000キロ。かなり遠い。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep9_map.jpg" alt="ep9_map.jpg" width="540" height="414" /><br /><br /><br />ところがなんとアメリカーの叔父は車で連れて行って<br />あげると言うのだ。とーちゃんの長距離ドライブの経験<br />といえばせいぜい那覇から辺戸岬くらいである。<br /><br />カリフォルニアからルイジアナまで時速100キロで<br />走っても3日はかかる。ホントに大丈夫なのか<br />アメリカーのおじさん。<br /><br />アメリカーの叔父の話によると "ナンドモ タイリク<br />オウダン シテマス(英語)" とのことだった。<br />アメリカーはすごい! スケールが違う。<br /><br />結局 叔父の家族4人とルイジアナまで車でドライブ<br />旅行に決定。途中でラスベガスやグランドキャニオン<br />などを観ながら1週間かけてのんびり行く事になった。<br /><br />8月某日 いよいよルイジアナへ向けて出発。<br />しかし。。。。結構退屈だった。町と町の間は本当に<br />何もない。テキサスは１日じゅう走っても砂漠の中を<br />一本の道が恐ろしいほどまっすぐに延びているだけだった。<br />アメリカは広い! つくづくそう思った。<br /><br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep_9_drive-1.jpg" alt="ep_9_drive-1.jpg" width="320" height="240" /><br /><br /><br /><br /><br />どこまでも果てしなく続く長い道。<br />地平線のかなたの夢を追いかけて、<br />それは真っ青な空ではなくどこか不安な<br />夕暮れであった。<br /><br /><br />------------------<br />アメリカのモーテル<br />------------------<br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep9_motel.jpg" alt="ep9_motel.jpg" width="509" height="212" /><br /><br /><br />アメリカでは長距離ドライブはあたりまえで<br />2ー3日かけて目的地まで行くというのは珍しくない。<br />そこで泊まる宿といえばモーテルである。<br />モーテルといっても日本にあるようなエッチな<br />ホテルのことではない。<br />長距離ドライブの為の宿で、ホテルのようなサービスはなく<br />ただ寝るためのベッドがあるだけであるが<br />手ごろな値段で利用できるのがいい。<br /><br /><br /><a href="http://blog.with2.net/link.php?252336" target="_blank"><img
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/18494393.html">
<title>年05月01日ペルー沖縄移民１００年祭ツアー その8（フロリダ通信員）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/18494393.html</link>
<description>２００６年２月２日 ランチ前に無事にリマに戻りました。なぜか家に帰って来たような気がしてホッとした。この日の午後はランチに行ったり日系人が経営するギフトシヨップに買い物に行っりして半日過ごした。もちろん私の高山病も不思議なぐらい消えていて（当たり前ですが）リマではまた元の大元気な私に戻りシッヨピングをエンジョイした。なぜかまた夜中の飛行機で翌日の午後無事にフロリダに戻った。  ２００６年４月   今こうして何ヶ月か後に南米ペルーの旅の思い出を書いているとペルーでの事が昨日のよ...</description>
<dc:subject>フロリダ（米）モートン朝子通信員 </dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-05-28T12:49:46+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
２００６年２月２日<br /><br /> <br /><br />ランチ前に無事にリマに戻りました。<br />なぜか家に帰って来たような気がしてホッとした。<br />この日の午後はランチに行ったり日系人が経営するギフトシヨップに買い物に行っりして半日過ごした。<br /><br />もちろん私の高山病も不思議なぐらい消えていて（当たり前ですが）リマではまた元の大元気な私に戻りシッヨピングをエンジョイした。<br />なぜかまた夜中の飛行機で翌日の午後無事にフロリダに戻った。<br /><br /> <br /><br /> <br /><br />２００６年４月  <br /><br /> <br /><br />今こうして何ヶ月か後に南米ペルーの旅の思い出を書いているとペルーでの事が昨日のように思い出せる。<br />しかし、ペルーの沖縄県人、日系人、そして地元のペルーの方たちは皆さん本当に親切で心が温かい人たちばっかりだった。<br /><br /><br />ペルー沖縄会館を訪ねた時、私たちを見ると何人ものペルー沖縄県人が親しく話しかけて来た。<br />本当になつかしそうに一生懸命日本語やウチナーグチで話しかけて来た。<br />会場内でニコニコと日本語や英語の通訳をしていた子供たち。<br />私に旧カイヤオ日本人小学校の住所を教えそれをスペイン語で書いてくれた元教師の女性。<br /><br />マチュピチュ在住の沖縄県人のハズバンドとワイフ。<br />私がマチュピチュに行くと言ったら何か困った事が起きたら自分に電話をしなさいと住所と電話番号を下さった方。<br />秋子さんの親戚を探して下さったペルー沖縄婦人会の方たち。<br /><br />また、ペルー日秘文化会館を訪ねた時、会館内でお仕事をしていた日系人女性の方に私のオジーが始めて入植した土地の場所が分からなかったのでそれを聞いたら彼女も分からないが調べておくとのこと。<br />そして後日その場所がどの辺にあるかとホテルに伝言を残して下さった方。<br /><br />そして忘れてはいけないのはリマでの地元ペルー人のガイドのジョージさん。ジョージさんは仕事と言えよく私たちの面倒を見てくれました。<br />私たちも「ジョージ、ジョージ」を連発して色々な事をしてもらいました。<br /><br />ジョージさんはとっても性格のいい好青年です。<br />将来は自分の旅行会社を持ちたい。<br />そして日本語も勉強したいと言っていた。<br />頑張り屋のジョージさんだからきっと彼の夢は実現することでしよう。<br /><br /><br />こうして書いてみるといろんな方たちにお世話になりました。感謝感激です。皆さん本当にありがとうございました。<br /><br />またチャンスがあったらぜひ再び尋ねてみたい愛するペルー。<br />またクスコ市にも挑戦してみたい。<br />次回は私のドクターが言うように山の下の方から徐々に上がって行って身体を慣らしてからクスコ市内に入ろう。<br />そしてもう一度見たいあのマチュピチュ。<br /><br /><br />そうそう書き忘れるところでした。<br />二千一年の世界のウチナーチュ大会でお会いしたアルゼンチン沖縄県人会役員のＴさんとペルー沖縄会館で再会。<br />その時「朝子さん二千七年はアルゼンチン沖縄移民百周年だよ。<br />ぜひ遊びに来てね」とおっしゃるではないか。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_8_1.jpg" alt="peru_8_1.jpg" width="300" height="225" /><br /><br />私(左）と秋子さん(右）<br /><br />たしかアルゼンチンにはイースター島があったはず、と私の頭にはまた凝りもせずにクレイジーなアイデイアが浮かんだ。（完）　
]]></content:encoded>
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/18251776.html">
<title>前川朝文・東京公演レポート</title>
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<description>５／２０の東京は快晴です。「前川朝文・東京公演」を祝うかのようにね。ここ、会場は中央区新橋です。画像は、ヤクルトホールです。チケットは完売されました。満員御礼でした。ロビーには、お祝いの花束がズラリでした。前川先生の偉大さがここでも知ることが出来ました。開演前には、あちこちでワイワイしながら方言丸出し、抱き合って涙ぐんでいるのも見受けるシーンもありました。波状効果だね。いよいよ、幕開けです。勢揃いの一景では、ほ~っ！大拍手でした。次から次へとプログラムは進行しました。公演も無...</description>
<dc:subject>東京（日本）中村通信員</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-05-23T14:09:07+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
５／２０の東京は快晴です。<br />「前川朝文・東京公演」を祝うかのようにね。<br /><br />ここ、会場は中央区新橋です。<br />画像は、ヤクルトホールです。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_0520_01.jpg" alt="2006_0520_01.jpg" width="300" height="225" /><br /><br />チケットは完売されました。<br />満員御礼でした。<br /><br />ロビーには、お祝いの花束がズラリでした。<br />前川先生の偉大さがここでも知ることが出来ました。<br /><br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_0520_02.jpg" alt="2006_0520_02.jpg" width="300" height="225" /><br /><br />開演前には、あちこちでワイワイしながら方言丸出し、<br />抱き合って涙ぐんでいるのも見受けるシーンもありました。<br />波状効果だね。<br /><br />いよいよ、幕開けです。<br /><br />勢揃いの一景では、ほ～っ！<br />大拍手でした。<br /><br />次から次へとプログラムは進行しました。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_0520_03.jpg" alt="2006_0520_03.jpg" width="300" height="225" /><br /><br />公演も無事終了！<br /><br />出演者やスタッフの「ご苦労さん会」がありました。<br />私は、二次会と理解しています。<br /><br />公演の成功を祝い、皆弾けていました。<br />弾けるとはこのことでしょうか？<br /><br />出演者も肩の荷が降り、安堵感でしょうね。<br />ご苦労様でした。そしてありがとう<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/2006_0520_04.jpg" alt="2006_0520_04.jpg" width="300" height="225" />
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/18251440.html">
<title>第8話   冷たいコーヒー？ (海人とーちゃんのアメリカンドリーム）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/18251440.html</link>
<description>学校が始まるまでしばらくの間 叔母の家にお世話になることになった。ところで カリフォルニアの乾燥気候は果物の栽培に的している。どこの裏庭へいってもフルーツがいっぱい。たしか小学校の時、みかんは南国でリンゴは北国と習ったが ここではあまり関係ないようだ。みかんの木の横にリンゴの木があったりする。バックヤード(裏庭)でフルーツを眺めながら日なたぼっこしてたらいとこのキャロライン(仮名)がやって来て"Do you want anything to drink? " (何か飲む?)と...</description>
<dc:subject>海人とーちゃんのアメリカンドリーム</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-05-23T13:55:03+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
学校が始まるまでしばらくの間 叔母の家にお世話に<br />なることになった。<br /><br />ところで カリフォルニアの乾燥気候は果物の栽培に的している。<br />どこの裏庭へいってもフルーツがいっぱい。<br />たしか小学校の時、みかんは南国でリンゴは北国と<br />習ったが ここではあまり関係ないようだ。<br />みかんの木の横にリンゴの木があったりする。<br /><br /><br />バックヤード(裏庭)でフルーツを眺めながら日なたぼっこしてたら<br />いとこのキャロライン(仮名)がやって来て<br />"Do you want anything to drink? " (何か飲む?)<br />と聞いて来た。<br />"アイスコーヒー プリーズ" と答えたら嫌な顔された。<br />。。。。なぜ?<br /><br />さて答えは?<br />1.とーちゃんの発音が悪かった.<br />2.アメリカ人はアイスコーヒーを飲まない。<br />3.とーちゃんの姿がみっともない。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep8_ice_coffee.gif" alt="ep8_ice_coffee.gif" width="320" height="240" /><br /><br /><br />-----------------------------------<br />アイスコーヒーを飲まないアメリカ人<br />-----------------------------------<br />アメリカにはアイスコーヒーを飲む習慣がない。<br />アイスティーは一般的なのに。。。<br />当時はアイスコーヒーというものをアメリカ人に説明<br />すると "冷たいコーヒーなんて気持ち悪い" と言われた<br />ものだった。<br />最近スーパーやコーヒー専門店で見かけるように<br />なったが まだ一般的ではない。<br />レストランへ行って "アイスコーヒー プリーズ"<br />なんて言ったらウェイトレスに絶対に嫌な顔されます<br /><br /><br /><A HREF="http://blog.with2.net/link.php?252336">人気blogランキングへ</A>
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17444863.html">
<title>第7話 沖縄のアメリカーとアメリカのアメリカー (海人とーちゃんのアメリカンドリーム）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17444863.html</link>
<description>第7話 沖縄のアメリカーとアメリカのアメリカーみなさん たいへん長らくお待たせしました。海人とちゃんのアメリカンドリーム 第二章のはじまりです。1986年 7月某日、やっと叔母の家にたどり着いたとーちゃん、学校は9月から始まるのでしばらく叔母の家でのんびり過ごすことになった。アメリカと言う国はずごい。とにかく何でも日本よりサイズが一回りも二回りもデカイ!アメリカ人がデカイというのは沖縄のアメリカーを見てよく知っていたが、まさか衣食住すべての面においてここまでデカイとは。。。た...</description>
<dc:subject>海人とーちゃんのアメリカンドリーム</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-05-06T08:24:56+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
第7話 沖縄のアメリカーとアメリカのアメリカー<br /><br />みなさん たいへん長らくお待たせしました。<br />海人とちゃんのアメリカンドリーム 第二章のはじまりです。<br /><br />1986年 7月某日、やっと叔母の家にたどり着いたとーちゃん、<br />学校は9月から始まるのでしばらく叔母の家でのんびり過ごす<br />ことになった。<br /><br />アメリカと言う国はずごい。とにかく何でも日本よりサイズが<br />一回りも二回りもデカイ!<br />アメリカ人がデカイというのは沖縄のアメリカーを見て<br />よく知っていたが、まさか衣食住すべての面において<br />ここまでデカイとは。。。<br /><br />たとえばスーパーへ行ってみると、<br />日本の米袋の大きさほどのポテトチップス,<br />1ガロン(約4リットル)の牛乳,<br />バケツに入ったアイスクリーム,<br />と、まあこんなぐあいである。これは卸売ディスカウントショップ<br />ではない普通のスパーである。これが卸売ディスカウントショップだと<br />さらに一回り大きくなるのである。たとえば、<br />ポテトチップスは米俵一ぴょうくらいの大きさはあるのでは?<br />と思うくらいデカイ。<br />そんなにいっぱい食べて太らないのか?と思うかもしれないが、、、<br />やっぱり太っている。。。。あたりまえヤン! (大阪弁)<br /><br />道路が広々としている。ただの住宅地なのに那覇の国際通り<br />よりも広いではないか! そのせいか、なぜか空が広く感じる。<br />雲一つない真っ青の空は吸い込まれそうなくらい近い。<br />芝生も青々してきれいに手入れが行き届いている。<br /><br /><br /><br />そしてもうひとつ大きな違いに気付いた。<br />沖縄のアメリカーとアメリカのアメリカーはどこかちょっと<br />違う。<br /><br /><br />注) 沖縄のアメリカーをバカにしている訳ではありません。<br />くれぐれも誤解のないように。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep7_people-1.jpg" alt="ep7_people-1.jpg" width="320" height="240" /><br /><br /><br />----------------------------<br />アメリカ人のマイホーム<br />----------------------------<br />日本ではマイホームといえば一生涯住む場所であるが<br />アメリカでは一軒の家に何十年も住む人は少ない。<br />5-6年で次のちょっとアップグレードした家へと引っ越すのである。<br />とーちゃんも今の場所に移り住んでまだ10年なのに気がつけば<br />近所でもかなり古い住民になってしまった。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep7_house-1.jpg" alt="ep7_house-1.jpg" width="320" height="240" /><br /><br /><br />人気blogランキングに参加しています。<br /><a href="http://blog.with2.net/link.php?252336" target="_blank"><img
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17248039.html">
<title>掲示板もご利用ください</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17248039.html</link>
<description>世界の久米島んちゅを閲覧してくださっている皆様とのコミュニケーションの場として掲示板を設置しております。どなたもご自由におしゃべりしていってくださいね！島外での久米島に関する情報などもぜひおよせください。</description>
<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-05-01T04:02:52+09:00</dc:date>
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世界の久米島んちゅを閲覧してくださっている皆様とのコミュニケーションの場として掲示板を設置しております。どなたもご自由におしゃべりしていってくださいね！島外での久米島に関する情報などもぜひおよせください。
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17247989.html">
<title>ペルー沖縄移民１００年祭ツアー その７（フロリダ通信員）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17247989.html</link>
<description>２００６年２月１日寝たようで寝られなかったようで訳の分からない気分で朝の四時起き。今朝はマチュピチュ行きの朝六時の列車に乗らなければいけない。ホテルで朝食。もちろん食欲なし。私のことを心配してくれたハワイからの参加者のＥｍｉｋｏさんがインスタントの味噌汁を一袋くれた。旅慣れているＥｍｉｋｏさんは旅には常にインスタントの味噌汁を持参しているそうだ。食べ物を見ただけで吐きたいのにでも味噌汁はどうにか少しだけは飲むことが出来た。やはり私は日本人だな~！私も次の旅からはインスタント味...</description>
<dc:subject>フロリダ（米）モートン朝子通信員 </dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-05-01T03:56:13+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
２００６年２月１日<br /><br />寝たようで寝られなかったようで訳の分からない気分で朝の四時起き。<br />今朝はマチュピチュ行きの朝六時の列車に乗らなければいけない。<br /><br />ホテルで朝食。もちろん食欲なし。<br />私のことを心配してくれたハワイからの参加者のＥｍｉｋｏさんがインスタントの味噌汁を一袋くれた。<br />旅慣れているＥｍｉｋｏさんは旅には常にインスタントの味噌汁を持参しているそうだ。<br />食べ物を見ただけで吐きたいのにでも味噌汁はどうにか少しだけは飲むことが出来た。<br />やはり私は日本人だな～！私も次の旅からはインスタント味噌汁を持ち歩こう。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_1.jpg" alt="peru_7_1.jpg" width="300" height="225" /><br /> (写真）クスコ市内にあるマチュピチュ行きの駅と列車<br /><br /><br />列車は時刻通り出発した。<br />ペルー関係のインターネッ上ではこの列車は揺れが激しいと書いてあったがそんなに揺れはなかったと思う。<br />でも吐き気と頭痛で揺れどころではなかったからひよっとしたら揺れていたかも知れない。<br /><br />車窓からはペルーの美しい山々が見えた。<br />のどかな国だな～。ホントにいい国だな～。<br />もっと時間と予算があったら後一週間位休暇を延長して山々の麓で昼寝でもしたいな～とガンガン痛む頭で思った。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_2.jpg" alt="peru_7_2.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）列車、バスを乗り継いでやっとマチュピチュ入り口到着<br /><br /><br />列車の旅約三時間半、そしてバスを約二十分乗り継いでやっとマチュピチュ到着。マチュピチュはクスコ市より千メートルは下がる（正確に言えば標高二千二百八十メートル）とのことで高山病が少しは軽くなるのではと期待した。<br />やはりマチュピチュ到着後は吐き気は治まった。<br />でもまだ相変わらず頭はガンガン痛む。でもよく頑張ってここまで来たものだと自分を褒めてやった。<br /><br /> <br /><br /><a href="http://www.peru-japan.org/Smachupicchu.html" target="_blank">http://www.peru-japan.org/Smachupicchu.html</a><br /><br />ガイドさんがマチュピチュの入り口で皆の入場料を払っていた。<br />いよいよ「空中都市」あるいは「失われた都市」と言われているマチュピチュ入場。<br />細い道を歩いていたら突然視界は異様な山の麓にある都市がドッ！ドッ！と出現！「わーこれはいったいなんだ～？」これが最初の私の感想。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_5.jpg" alt="peru_7_5.jpg" width="300" height="225" /><br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_7.jpg" alt="peru_7_7.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）石と石の間には隙間がない！<br /><br />もっと文学的にあるいは哲学的にあるいは宗教的に感想が書けたらいいのだが私の頭ではこれ以上の言葉が出ない。皆さんごめんなさい！<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_3.jpg" alt="peru_7_3.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）これが高台から撮ったマチュピチュ <br /><br /><a href="http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr009.html" target="_blank">http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr009.html</a><br /><br /><a href="http://www.jttk.zaq.ne.jp/baapu408/36machupichu.htm" target="_blank">http://www.jttk.zaq.ne.jp/baapu408/36machupichu.htm</a><br /><br /><br />マチュピチュの遺跡では約四時間過ごした。<br />私はまだ頭痛は治っていなかったがフラフラしながら歩き回った。<br />山の気候は変わりやすいと言うことで雨合羽も持参していたがラッキーなことに雨は一滴も降らなかった。<br />クスコ市は寒かったのに（厚いオーバーを着ていた）マチュピチュは暑かった。あんまりの太陽光線の強さにまいってしまい日陰を探したが日陰はついに見つけられなかった。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_4.jpg" alt="peru_7_4.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）マチュピチュ内<br /><br />頭は相変わらずガンガン痛む。それでも頑張って最後までガイドさんの後ろから衝いて歩いた。<br />いよいよマチュピチュの出口が近づいて来た。<br />後ろを何回も振り向き「これでマチュピチュともお別れか。<br />たぶんもう二度とは来られないかも知れない」と思うとなんだか寂しいような勿体無いような、頭がガンガン痛くてももっと居たいようなそんな気がした。後ろ髪を引かれる思いでマチュピチュを後にした。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_6.jpg" alt="peru_7_6.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）ここが私の一番のお気に入りの場所<br />　　　　なんとなく心が落ち着くような気がした・・・<br />　<br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_8.jpg" alt="peru_7_8.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）いよいよマチュピチュともお別れ<br />　　　　　皆で記念写真<br /><br /><br />駅に行くための帰りのバスに乗り込んだ時、地元のガイドさんにインターネットで「グッドバイボーイ」が要るということを調べたけどグッドバイボーイはまだ出現するのかと尋ねたらラッキーなことにまだ要るらしい。<br /><br />しばらくバスはクネクネの山を下山。<br />ガイドさんが「ほらっ！グッドバイボーイがバイバイしているよ」と言っている。<br />見たら大人（父親かも）といっしょに小学校５年生ぐらいの男の子がペルーの民族衣装を着て一生懸命バイバイしている。<br />もちろんバスの中の私たちも皆でバイバイをした。またバスはクネクネ道を下山。そしたらさっきバイバイをしていた男の子がもうすでに先に来ていてバスを待っていた（地元の人しか知らない近道があるはず）バスは彼を乗せるために停車。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_9.jpg" alt="peru_7_9.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）バスにのりこんできたグッドバイボーイ<br /><br />グッドバイボーイを乗せてバスは再び発車した。バスに乗り込んで来たグッドバイボーイはスペイン語で（と思うけど）「ナントカカントカ」と歌のようでもあるし、詩でもあるようなことを言っている。それがとってもかわいかった。その後皆からチップを貰っていた。もちろん私も彼にチップをあげた。私は子供には弱いのです。<br />この少年は駅の近くで降りた。<br /><br /><br />また帰りも行きと同じで約３時間半の列車の旅。<br />車内では列車勤務員の若い男女によるファションショーやペルーの民族舞踊などが披露された。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_7_10.jpg" alt="peru_7_10.jpg" width="300" height="225" /><br />（写真）帰りのクスコ行きの列車でのペルー民族舞踊を踊っていた<br />　　　　ペルーの若者<br /><br /><br />私の頭は相変わらずガンガン痛む。<br />カメラをバッグから出すのをフユーしてファッションショーの写真を一枚も撮っていないのが後で悔まれた。<br /><br /> <br /><br />夕方にクスコ市内に戻って来た。やはりクスコは冷えるな～。<br />寒い！そして頭痛は相変わらず。私の身体はぜんぜん高山に慣れる様子なし。<br />ギブアップ！この晩はクスコ市内のレストランでの夕食会。<br />そして生バンドもあるらしい。<br />やはり私はこれにも行けなかった。<br />もうただただ横になりたかった。<br />になったら気分が良くなるかと言うとそうではない。寝ていても気分はまったく同じ最悪さ。<br /><br />ちなみにハワイからの参加者の八十二歳の淑子さんはぜんぜん平気だった。<br />クスコ、マチュピチュでもピンピンしていた。<br />クスコ行きの飛行機で隣り合わせた若い日本人の学生風な男性ともマチュピチュで偶然に再会したが、その時、高山病はどう？て聞いたらぜんぜん平気ですとの答えが返ってきた。<br /><br />なんで～私だけこんなに気分悪いわけ！でも私たちのツアーメンバーから二人の方がクスコまで来て高山病がひどくて結局はマチュピチュには行けなかった。<br />それを考えると私はクスコ市内観光は出来なかったがまあまあいいほうか、と思った。<br /><br /><br />ペルー沖縄移民１００年際ツアー　その８へ続く・・・
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17012919.html">
<title>ペルー沖縄移民１００年際ツアー その６（フロリダ通信員）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/17012919.html</link>
<description>２００６年１月３１日いよいよ待ちに待ったクスコ市そしてマチュピチュへの出発の日。ペルー行きを決心した時インターネット上で調べたらクスコ市では高山病が心配とのこと。http://www.forth.go.jp/tourist/useful/10_kousan.html高山病はかかる人も居るしぜんぜん平気な人も居る。私はなぜか絶対に高山病にかかると確信していた。なぜか分からないが確実にかかるような気がしていた。ペルー出発前にわざわざドクターにアポイントメントを作って高山病の薬をく...</description>
<dc:subject>フロリダ（米）モートン朝子通信員 </dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-04-25T03:17:30+09:00</dc:date>
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２００６年１月３１日<br /><br />いよいよ待ちに待ったクスコ市そしてマチュピチュへの出発の日。<br />ペルー行きを決心した時インターネット上で調べたらクスコ市では高山病が心配とのこと。<br /><a href="http://www.forth.go.jp/tourist/useful/10_kousan.html" target="_blank">http://www.forth.go.jp/tourist/useful/10_kousan.html</a><br /><br />高山病はかかる人も居るしぜんぜん平気な人も居る。<br />私はなぜか絶対に高山病にかかると確信していた。<br />なぜか分からないが確実にかかるような気がしていた。<br />ペルー出発前にわざわざドクターにアポイントメントを作って高山病の薬をくれと頼んだがぜんぜん聞いてくれない。<br /><br />私の住んでいる町で高山病についてドクターに問い合わせたのは私しかいなかったはず。<br />高山に急に（飛行機で）降りないで下から徐々に登っていけば大丈夫だ。<br />とそればっかり言っている。<br />ヤブ医者！下から徐々に登っていく時間ないちゅうの！<br />高山病の薬はあきらめた。どうにかなるだろう。<br /><br />秋子さんの従兄弟さんに会った時、「マチュピチュに行くのだ。」と従兄弟の娘さんのロザリアに話したら彼女は丁度去年の十一月に休暇で行って来たばっかりだと言う。<br />その時飲んだ高山病の薬が残っているからそれを二人で飲みなさい。<br />絶対に大丈夫だと言う。<br />喜んでそれを貰うことにした。<br /><br />出発の晩から飲んで出発の朝、また飲めばだいたいは大丈夫だと言う。<br />出発前の晩、秋子さんと二人で、さては飲んでいいものかどうかと迷っていた。<br />薬のパッケージはスペイイン語だし、何が書かれているのかさっぱり分からない。二人で薬を手に持ってどうしたものかと考えていたら突然秋子さんが「ダーワンガサチヌムサ」と言って飲んでしまった。<br />秋子さんだけ飲ますわけにもいかないから私も続いてそれを飲んだ。<br />飲んだ後しばらく心配だったが大丈夫だったらしい。<br />翌日は無事に二人とも起きたから。出発の朝また一定づつ飲んだ。<br /> <br /><br />飛行機は案外居心地が良かった。<br />飛行機会社は地元のエアーラインズだったが飛行機も意外と新しいような気がした。<br /><br /><br />約一時間の飛行機の旅。無事にクスコ市空港に到着。<br />飛行機から降りたらゆっくりと歩くようにとガイドさんに言われていたので全員ゆっくりと歩いた。<br />たまには飛行機を降りた途端にバタッと倒れ人も居るそうだ。<br />気をつけよう。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_6_2.jpg" alt="peru_6_2.jpg" width="300" height="225" /><br />(写真）クスコ市内（ホテルに行く途中）<br /><br /><br />空港からホテルまでバスで二十分位。<br />まだまだ大丈夫。でもなんだかおかしいな～。<br />胸がムカムカしてきて吐きたい。<br />なんだか頭もガンガン痛い。<br />来たなー（高山病が）と思った。<br />なんせ私の住んでいるフロリダ州は山がまったくない。<br />丘もあんまりない。なんとここは標高三千五百メートル。<br />空気が薄い。やはり高山病にかからないのがおかしい。<br />ホテルに着くなり酸素吸入のお世話になった。<br />でもあれもあんまり効き目はなかったような気がする。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_6_1.jpg" alt="peru_6_1.jpg" width="300" height="225" /><br />(写真）ホテルの窓から撮ったクスコ市内<br /><br /><br />ホテルにはコカティーがいつでも飲めるように置かれていた。<br />コカティーは高山病にいいらしい。何杯も飲んだ。<br />でもあれもあんまり効き目はなかったような気がするなあ。<br />コカティーの飲みすぎ（と私は今でもそう思っているけど）で下痢をしてしまった。<br /><br /><br />割り当てられた各部屋に荷物を置きすぐにロビーに集合。<br />クスコ市内観光だ。<br />私は最高に頭が痛くてムカムカしていたが（ついには吐いたりもした）、一応大金を払ってきたペルー観光。<br />クスコ市内観光を見逃すまいとフラフラしてロビーまで降りたがやはりだめ。同室の秋子さんに明日のマチュピチュ観光のために用心して部屋で休んで居ると断ってまた部屋に引き返した。<br /><br />この後からが地獄だった。<br />（ちょっとオーバーですが）その日は一日中食事は一切出来なかった。食べたくなかった。食欲がぜんぜんなかった。<br />リマのホテルで朝食を食べたのが最後の食事だったかな～と思ったりしたがなんせぜんぜん食欲なし。<br />頭は誰かが私の頭の中に入って金槌で脳みそをガンガン叩いているような痛さ。アスピリン（頭痛薬）を飲んでもぜんぜんきかない。<br />私はただひたすらベッドの中でウンウン唸っていた。<br /><br />秋子さんが市内観光からの帰りに、私のことを心配してテイキアウトで食事を持ってきてくれた。<br />だが食べ物を見ただけで吐きたい。<br />秋子さんには悪いと思ったが食事はできなかった。<br />習慣とは恐ろしいものであんなに苦しんでも寝る前にシャワーを浴びたい。<br />どうにか頑張ってシャワーに入ってまたベッドに潜った。<br />秋子さんも頭はガンガン痛いと言っていた。<br /><br /><a href="http://www.peru-japan.org/Scusco.html" target="_blank">http://www.peru-japan.org/Scusco.html</a> <br /><br /><a href="http://www.jttk.zaq.ne.jp/baapu408/02cuzco.htm" target="_blank">http://www.jttk.zaq.ne.jp/baapu408/02cuzco.htm</a><br /><br />ペルー沖縄移民１００年際ツアー　その７へ続く・・・
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16711783.html">
<title>久米島の生んだ大スター（東京通信員）</title>
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<description>５／２０（土）は、久米島が生んだ大スター、前川朝文さんの東京公演があります。久米島の方は、皆？ご存知だと思います。私は、良く知りませんが、彼の経歴を簡単に紹介します。芸能生活５０周年。技能保持者三冠達成！以下↓公演要項です。＊タイトル : 前川朝文：芸能生活５０周年・東京公演＊主  催  : 前川朝文東京公演実行委員会＊ 時 ： 平成１８年５月２０日（土）＊ 所 ： 東京ヤクルトホール＊開 演 ： 午後２時＊終 演 ： 午後５時東京久米島郷友会は、郷土が生んだ大スターの偉業を...</description>
<dc:subject>東京（日本）中村通信員</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-04-18T08:24:31+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
５／２０（土）は、久米島が生んだ大スター、前川朝文さんの東京公演があります。<br /><br />久米島の方は、皆？ご存知だと思います。<br /><br />私は、良く知りませんが、彼の経歴を簡単に紹介します。<br />芸能生活５０周年。<br />技能保持者三冠達成！<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/cyouibun.jpg" alt="cyouibun.jpg" width="255" height="259" /><br /><br />以下↓公演要項です。<br /><br />＊タイトル :　前川朝文：芸能生活５０周年・東京公演<br />＊主　 催  :　前川朝文東京公演実行委員会<br />＊　時　：　平成１８年５月２０日（土）<br />＊　所　：　東京ヤクルトホール<br />＊開 演　：　午後２時<br />＊終 演　：　午後５時<br /><br />東京久米島郷友会は、郷土が生んだ大スターの偉業を称え公演のお手伝いをします。<br />鑑賞後の、レポートをお楽しみに！
]]></content:encoded>
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16625304.html">
<title>ペルー沖縄移民１００年際ツアー その4.5（フロリダ通信員）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16625304.html</link>
<description>２００６年１月２９日今日はペルー沖縄移民１００年祭の最終日。朝から沖縄会館入り。今日も会場内は大勢の人たちで賑わっていた。サッカーフイードルではステージが立てられていた。私たちはサッカーフイールドの後ろ側に待機してパレードの開始を待っていた。私たちフロリダ沖縄県人会はたったの２名しか参加していないのでツアーの仲間たちのハワイの方たちとパレードには参加することにした。私たちの後ろには男性２人が並んでいた。メキシコからの参加らしい。「僕ら２人では寂しいから僕たちと一緒に行進して」...</description>
<dc:subject>フロリダ（米）モートン朝子通信員 </dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-04-16T03:22:21+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
２００６年１月２９日<br /><br /><br />今日はペルー沖縄移民１００年祭の最終日。<br />朝から沖縄会館入り。今日も会場内は大勢の人たちで賑わっていた。<br />サッカーフイードルではステージが立てられていた。<br />私たちはサッカーフイールドの後ろ側に待機してパレードの開始を待っていた。<br />私たちフロリダ沖縄県人会はたったの２名しか参加していないのでツアーの仲間たちのハワイの方たちとパレードには参加することにした。<br /><br />私たちの後ろには男性２人が並んでいた。<br />メキシコからの参加らしい。<br />「僕ら２人では寂しいから僕たちと一緒に行進して」と誘われたけどハワイの方たちからはパレード用のレイ（花輪）もいただいているしどうしょうかな～と返事に迷ったけど彼らもその後何も言わなかったのでシランフリグア～していた。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru4_10.jpg" alt="peru4_10.jpg" width="350" height="263" /><br /><br /><br />外国からのお客さん（私たちのことです）からパレードはスタート。<br />ミュージックに合わせてパレード開始。<br />中央あたりの席には稲峰知事さんのお顔もありました。<br /><br />私たち外国人はパレードはすぐに終わったので与えられた席に座り各市町村会のパレードそして子供たちの色々なパフォーマンスをエンジイしました。このサイトで詳しく紹介されています。<br />→　<a href="http://www.okinawabbtv.com/bbtv_infomation/lequios/index.htm" target="_blank">クリック</a><br /><br /> <br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_4_5.jpg" alt="peru_4_5.jpg" width="350" height="263" /><br /><br />写真　子供たちのパフォーマンス<br />  <br /><br />夜になりステージ上ではめずらしいペルーの民族舞踊。<br />色んなカラフルナ衣装を着て男女で踊っていた。<br />見たこともない踊りで珍しかった。<br />ペルー民族舞踊を踊っていたのも日系人。<br />沖縄系の若い男女。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_4_4.jpg" alt="peru_4_4.jpg" width="350" height="263" /><br /><br />南米は琉球芸能がとっても盛んで琉球舞踊や三線を習っている若い方たちが多いと聞いた。<br />でもこうして若い世代がペルーの伝統民族舞踊も大事に受け継いでいるのには感心させられた。<br />これは見習うべきだとつくづく思った。<br /><br /> <br /><br />お腹が空いてきたしそれに少し肌寒くなってきたのでカゼを引いたら一大事だと思い会館内のパーテイー会場へと向かった。<br />ステージでは沖縄から来たグループ「コミニケーション　アートプロジェクト」そして「アルバート城間＆ダイアマンテス」の演奏で会場内はエキサイトしていた。<br /><br />１００年祭のフイナーレは花火を空高く打ち上げて無事終了。<br />ペルー県人会の皆さんご苦労様でした。<br />最高にエンジョイしました。<br />ペルーはとってもいい国だと実感しました。<br />ペルーバンザーイ！！！そして沖縄バンザーイ！！！
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16448211.html">
<title>久米島出身の珠算の名人！！（東京通信員）</title>
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<description>久米島出身の珠算の名人をご紹介します。小林先輩からのご紹介です。----------------------------------------------------------飯沼美恵子さん（旧姓 高林）との出会いは彼女が小学生になろうという春、私は大学生で珠算塾で助手をしていました。 そこにお下げ髪の目がクリクリした、まるでキューピーさんのような女の子が入塾してきたのです。その後めきめきと頭角を現した彼女は競技大会にも出場し、優秀な成績を収めていきました。“そろばんは子...</description>
<dc:subject>東京（日本）中村通信員</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-04-12T01:39:43+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/soroban.jpg" alt="soroban.jpg" width="350" height="212" /><br /><br />久米島出身の珠算の名人をご紹介します。<br /><br />小林先輩からのご紹介です。<br />----------------------------------------------------------<br />飯沼美恵子さん（旧姓　高林）との出会いは彼女が小学生になろうという春、私は大学生で珠算塾で助手をしていました。<br /><br /> そこにお下げ髪の目がクリクリした、まるでキューピーさんのような女の子が入塾してきたのです。<br />その後めきめきと頭角を現した彼女は競技大会にも出場し、優秀な成績を収めていきました。<br /><br />“そろばんは子どもの頃の習い事”と思われる方もおられるでしょうが、奥が深いこの世界に美恵子さんは長く精進を続けました。<br /><br />私が分教場に赴き、一時期離れたときもありましたが、縁あって再び一緒に珠算の道を歩んでいくこととなりました。<br /><br />高校生になってからは全国大会の都代表選手に選ばれる活躍、大学１年生では最高峰の十段位を取得しました。<br /><br /><br />　しかし、美恵子さんの優れているのはそんな実績を超える人間性です。<br />努力家であることはもちろん、謙虚で明るく温和な人柄は周りにたいへんな好感を与えます。<br /><br />就職し大阪に赴任してからもコンスタントに彼女らしい気配りを見せてくれ、感心させられたものです。<br /><br />２０年以上もの付き合いは生徒というより家族に近い感覚があります。<br />そんな美恵子さんも大阪時代の出会いにより昨秋ご結婚されました。<br />琵琶湖近くで暮らすお二人の末永い幸せを心から祈ってやみません。<br /><br />　＜小林英美＞<br />-----------------------------------------------------------------<br /><br />　写真利用　<a href="http://suouairi.finito-web.com/index.html" target="_blank">EXHUME</a>
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16410327.html">
<title>ペルー沖縄移民１００年際ツアー その５（フロリダ通信員）</title>
<link>http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16410327.html</link>
<description>２００６年１月３０日今日はこのツアーでは唯一自由行動のある日（午前中だけ）。明日はいよいよクスコ市、そしてあこがれのマチュピチュへと出発。そのための休息の日。でも今日は私にとっては大切な日です。前々からガイドのジョージさんにカイヤオ市そしてカイヤオ港に連れて行ってくれるように頼んでいた。今日はジョージさんは希望者を募って人数が多ければミニツアーを組むとの事。運良く１０人以上の希望者が出たのでバスで行くことができた。リマ市から２０分ぐらいの距離。リマエアーポートもこのカイヤオ市...</description>
<dc:subject>フロリダ（米）モートン朝子通信員 </dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-04-11T02:04:37+09:00</dc:date>
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２００６年１月３０日<br /><br />今日はこのツアーでは唯一自由行動のある日（午前中だけ）。<br />明日はいよいよクスコ市、そしてあこがれのマチュピチュへと出発。<br />そのための休息の日。<br /><br />でも今日は私にとっては大切な日です。<br />前々からガイドのジョージさんにカイヤオ市そしてカイヤオ港に連れて行ってくれるように頼んでいた。<br />今日はジョージさんは希望者を募って人数が多ければミニツアーを組むとの事。<br />運良く１０人以上の希望者が出たのでバスで行くことができた。<br /><br /><br /><br />リマ市から２０分ぐらいの距離。<br />リマエアーポートもこのカイヤオ市内にあるとのこと。<br />いよいよ私の両親が戦前勤めていた旧カイヤオ日本人小学校に到着。<br />学校の住所は県人会会館内で調べていたのでバスのドライバーに住所を渡したら問題なくスムーズに学校に到着。<br /><br />　<br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_5_2.jpg" alt="peru_5_2.jpg" width="350" height="263" /><br /><br />写真　カイヤオ市内で果物を売っていた屋台（？）<br /><br />皆はバスの中で待っていた。<br />私とジョージさんが学校内に入った。<br />学校は大きな鉄の扉があった。<br />なんでもこの辺は治安が悪いということで門も頑丈にできていた。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_5_3.jpg" alt="peru_5_3.jpg" width="350" height="263" /><br /><br />写真　旧カイヤオ日本人小学校<br />　　　現在はホセ　ガルベス校<br /><br />私とジョージさんが入ってきたので事務のおじさん（日系人）が日本語でしきりに事務所に入るように勧めている。<br />遠慮していたら事務所から校長先生そしてたまたま来ていた日系人協会の方が出てきて事務所に入るように勧めた。<br />私とジョージさんは事務所に入り突然の訪問を誤った。<br />日系人の方がペルー２世の方で日本語が話せたのでラッキーだった。<br />私はその方に訪問の理由を告げた。<br /><br />この日系人協会の方の説明ではこの事務所のある建物だけが戦前の建物とのこと。<br />そういえばなかなか古そう。<br />ここは私の両親たちが使っていた職員室だったのかな～とか想像したりした。<br />校長先生はペルー人の方で現在は生徒の６０％はペルー人とのこと。<br />学校名も「カイヤオ日本人小学校」から「ホセ　ガルペス校」と変わっていた。<br /><br />私は心の中で「父ちゃん、母ちゃん来たよ～」と両親に話しかけていた。<br />ここで私の母のペルー生活時代の手記を一部紹介したい。<br /><br /><br /><br />-----（サト手記）--------------------------------------<br /><br />　私が南米ペルーのカイヤオ日本人小学校に赴任したのは、昭和十二年一月のことでした。<br />その学校の生徒数は三百人で日本人教師が七名、ペルー人教師三人でした。<br />児童たちは、殆どスペイン語で話し日本人教師にだけ日本語で話していました。<br /><br />　ペルー人の教師も躾には厳しく遅刻をすると、一時間も廊下に立たせておきました。<br />四年生の頃からノートを丁寧にペン字で整理させて毎週提出させておりました。<br /><br />　学校行事の運動会や学芸会等は、年に一度の祝日で盛大なものでした。<br />ペルー人の組織するバンド隊を雇って、一週間位一緒に遊戯やダンスの手合わせをして本番に臨みました。<br /><br />当時は児童の全家族が参加しての大運動会です。<br />とても大盛況でした。<br />学芸会でもピアノ独奏の児童は、学校にもピアノはあるのに、わざわざ自宅からピアノを運んで二階の講堂へ上げての演奏振りです。<br />子供の教育のことなら何にも惜しまないと言った父兄の熱意には驚かされました。北は北海道から南は沖縄までの日本中の二世たちが集まっている中で、トップクラスの子は沖縄人の子供たちでした。<br />五年生の頃からは、日本へ帰して、日本教育を受けさせることが一世の夢であり、誇りでもありました。<br /><br />----------------------------------------------------------- <br /><br /><br />こうして私がカイヤオ日本人小学校を訪問するとは夢にも思わなかった。<br />ここが両親が勤めていた学校かとまた眼が潤んできた。<br />泣いたらだめだと自分に言い聞かせながら校長先生や日系人協会の方、そして事務員のおじさんへ別れを告げた。<br /><br />私がバスに乗り込んだらバスの中で待っていた皆が拍手で迎えてくれた。「良かったね」と皆口々に言ってくれた。<br />またここで眼が潤んできた。<br />負けず嫌いの私は泣くものかと必死で耐えながら皆にサンキュー、ーサンキューと言った。<br /><br /> <br /><br />次の訪問先はカイヤオ港だ。<br />学校からはさほど遠くはなかった。<br />ガイドのジョージさんがしきりに十分用心して。<br />そして個人行動は絶対にしないように。<br />常にグループで歩くようにとしつこく言っている。（治安が悪いらしい）<br />バスの中の皆は緊張気味。<br />バスが港に到着。<br /><br />写真　カイヤオ港近くで記念写真<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/peru_5_6.jpg" alt="peru_5_6.jpg" width="350" height="225" /><br /><br />皆がバスから降りるのを待ってジョージさんを先頭に歩き出した。<br />そしたらハワイから参加している八十二歳の淑子さんが突然走り出した。<br />彼女は真っ直ぐ海を目指して走っているではないか。<br />皆は口々に「淑子さん！待ってよ～！待っててば！（それでも突進している彼女）」私が走ってやっと彼女を掴まえた。<br /><br />「ジョージさんが危ないって言っていたでしよう！」と私は少しだけきつく言った。<br />何で走ったのかと聞いたら灯台が見えたら急に懐かしくなり走ってしまった。<br /><br />淑子さんはペルー生まれ。<br />幼い頃よくこのカイヤオ港に海を見に家族と来たそうだ。<br />懐かしいとじーと遠い海を見ていた。<br />きっと彼女の頭の中は当時のペルーの思い出でいっぱいだったかも知れない。ちょっときつく叱ったのが悔やまれた。<br />ごめんなさい！淑子さん！許して！<br /><br />ここでまた私の母が始めてカイヤオ港に到着した様子を紹介したい。<br />この部分が私の母の手記の始まりです。<br /><br /><br />---------（サト手記）---------------------------------<br /><br />昭和十一年四月、三カ年間の沖縄での教員生活を終えて、ペルー国日本人会の招待を受けて沖縄を出発する事になった。<br /><br />　那覇港に見送りに来てくださった方々は、女子師範五年生の時の主任松田先生と彼（私の父。朝子記）の従兄弟の方々と私の友人五、六人で私の家族はひとりも見送りに来てくれなかった。<br /><br />　父母の猛反対を押し切って、十年間の暇を貰って出発する事になった。帰国して父母に孝行する事を心に誓って沖縄を後にした。<br /><br />　夢に見る彼の住む外国。これから自分たちのやるべきことなどを胸一杯秘めて船は静かに神戸へと向かった。<br /><br />　神戸で日本商船楽洋丸に乗り換えて出発したのは、五月の中旬頃であったと記憶している。船客はほとんど日本人と中国人だった。日本人と言っても八割ぐらいは沖縄県人であった。中国人は朝から夜半までガチャガチャと音を立てて麻雀で遊んでいた。沖縄県人の中には、青年、花嫁、再渡航者等で賑わった。<br /><br />　私はペルー二世で沖縄で勉学を終えて帰る途中だと言ったら、誰も疑う者はいなかった。乗客は独身者が多く、外国での計画を語り合ったり、スポーツの話をしたりして退屈せずに毎日が過ぎて行った。私は船中で三着のセーターを編んで彼へのお土産にした。<br /><br />　四十七日間の長い月日の中には、気の毒な花嫁さんもいた。折角パナマから写真結婚で船に乗り込んだが、途中で船酔いが酷船中の病院に入院した所、看護員と一緒になって、とうとうパナマで上陸できずに、日本へ帰された気の毒な花嫁さんも居た。<br /><br />　私たちペルー上陸の乗客は、皆何事も起こらずに無事に上陸する事が出来た。その陰には、再渡航の叔母さんが、娘さんたちに悪い虫が付かないように絶えず気を配って下さったためだと思った。四十七日間の船中生活に終止符を打ってカイヤオ港に上陸する事になった。<br /><br />　波止場には彼を始め、彼の両親、弟妹が迎えてくれた。特に元気者の彼の弟（この父の弟は戦前沖縄へ帰りその後、十九歳で男子師範から戦争に駆り出されて終戦間際の六月南部で戦死。朝子記）が上手な日本語で、色々と世話をしてくれた。彼も三年ぶりの再会であったが余り変わりはなかった。税関もスムーズに終えて、上陸許可がおりた。<br /><br />　上陸して町を歩くと、世界各国の人種が見られた。肌のきれいなスペイン人。がっしりして健康的なドイツ人。働き者のイタリア人。食べることに忠実で、財力のある中国人。日曜日もなく働き続けている日本人。ワンマンなアメリカ人等。いろいろな人々が集まっていた。<br /><br />　日本人の八割は、雑貨商を経営している。朝は四時から市場に買出しに行って、晩は十一時ごろまで働いていた。沖縄で考えていた濡れ手に栗式のような金儲けではなかった。<br /><br />----------------------------------------------------------<br /><br />私は今、私の家族が入港出港したカイヤオ港に立っている。<br />九十一年前に初めて私のオジーが入港したカイヤオ港。<br />きっとオジーはこのペルーで成功し錦を飾って沖縄に帰ろうと強く誓ったに違いない。<br />でもペルーでは成功できずにカイヤオ港から日本に向けて出た時のオジーはどんな気持ちだったんだろうか？と私の頭の中はオジー、オバーそして叔父、叔母、両親のことでいっぱいになった。
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<item rdf:about="http://kumejimanchu.seesaa.net/article/16223556.html">
<title>第6話 ナンクルナイサは通用しない（海人ちーちゃんのアメリカンドリーム）</title>
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<description>第6話 アメリカ上陸何とか入国審査もパスした。税関を通って到着ロビーに出ると叔母とアンクルが迎えてくれた。外に出てみた。。。 涼しい!しかも空気がカラッと乾燥してる。ふだんから油症のとーちゃんだが顔がベトベトしてない。昨日までのあの沖縄の気候とはまったく対象的だ。さて、これから叔母の家までフリーウェイ(高速道路)で3時間。長すぎる!(実はアメリカではフリーウェイで3時間程度の運転は普通である。)天までとどきそうなヤシの木、雲一つない青い空。(ここで "日本晴れのカリフォルニア...</description>
<dc:subject>海人とーちゃんのアメリカンドリーム</dc:subject>
<dc:creator>くめじまたいむ通信員</dc:creator>
<dc:date>2006-04-06T14:59:36+09:00</dc:date>
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第6話 アメリカ上陸<br /><br />何とか入国審査もパスした。税関を通って到着ロビーに出ると<br />叔母とアンクルが迎えてくれた。<br />外に出てみた。。。 涼しい!しかも空気がカラッと乾燥してる。<br />ふだんから油症のとーちゃんだが顔がベトベトしてない。<br />昨日までのあの沖縄の気候とはまったく対象的だ。<br /><br /><img src="http://kumejimanchu.up.seesaa.net/image/ep6_hollywood-1.jpg" alt="ep6_hollywood-1.jpg" width="320" height="240" /><br /><br /><br />さて、これから叔母の家までフリーウェイ(高速道路)で3時間。<br />長すぎる!<br />(実はアメリカではフリーウェイで3時間程度の運転は普通である。)<br />天までとどきそうなヤシの木、雲一つない青い空。(ここで "日本晴れの<br />カリフォルニア" なんてつまらないシャレを言ってはならない)<br />そして丘の上にはHOLLYWOODの文字が。。。<br />まるで映画で見たようなシーン。<br />だんだん気分もアメリカモードになってきた。<br />よーし、頑張るぞぉー!<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />----------------------<br />フリーウェイ(高速道路)<br />----------------------<br />アメリカは車社会。ちょっと隣の町へ行くにもフリーウェイは<br />欠かせない。5-6車線もある中を時速120KMの猛スピードで突っ走る。<br />慣れてない人にはかなり怖い。アホなアメリカーには下り坂だろうが<br />雨の日だろうがお構いなしに猛スピードで走るヤツがいる。許せん!<br />アメリカのフリーウェイはなんと無料。つまりどこまで行ってもタダ!<br />たとえば西海岸のロスから東海岸のニューヨークまで一週間走り続けても<br />タダ!<br /><br /><br />人気blogランキングに参加しています。<br /><a href="http://blog.with2.net/link.php?252336" target="_blank"><img
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