寝たようで寝られなかったようで訳の分からない気分で朝の四時起き。
今朝はマチュピチュ行きの朝六時の列車に乗らなければいけない。
ホテルで朝食。もちろん食欲なし。
私のことを心配してくれたハワイからの参加者のEmikoさんがインスタントの味噌汁を一袋くれた。
旅慣れているEmikoさんは旅には常にインスタントの味噌汁を持参しているそうだ。
食べ物を見ただけで吐きたいのにでも味噌汁はどうにか少しだけは飲むことが出来た。
やはり私は日本人だな〜!私も次の旅からはインスタント味噌汁を持ち歩こう。

(写真)クスコ市内にあるマチュピチュ行きの駅と列車
列車は時刻通り出発した。
ペルー関係のインターネッ上ではこの列車は揺れが激しいと書いてあったがそんなに揺れはなかったと思う。
でも吐き気と頭痛で揺れどころではなかったからひよっとしたら揺れていたかも知れない。
車窓からはペルーの美しい山々が見えた。
のどかな国だな〜。ホントにいい国だな〜。
もっと時間と予算があったら後一週間位休暇を延長して山々の麓で昼寝でもしたいな〜とガンガン痛む頭で思った。

(写真)列車、バスを乗り継いでやっとマチュピチュ入り口到着
列車の旅約三時間半、そしてバスを約二十分乗り継いでやっとマチュピチュ到着。マチュピチュはクスコ市より千メートルは下がる(正確に言えば標高二千二百八十メートル)とのことで高山病が少しは軽くなるのではと期待した。
やはりマチュピチュ到着後は吐き気は治まった。
でもまだ相変わらず頭はガンガン痛む。でもよく頑張ってここまで来たものだと自分を褒めてやった。
http://www.peru-japan.org/Smachupicchu.html
ガイドさんがマチュピチュの入り口で皆の入場料を払っていた。
いよいよ「空中都市」あるいは「失われた都市」と言われているマチュピチュ入場。
細い道を歩いていたら突然視界は異様な山の麓にある都市がドッ!ドッ!と出現!「わーこれはいったいなんだ〜?」これが最初の私の感想。


(写真)石と石の間には隙間がない!
もっと文学的にあるいは哲学的にあるいは宗教的に感想が書けたらいいのだが私の頭ではこれ以上の言葉が出ない。皆さんごめんなさい!

(写真)これが高台から撮ったマチュピチュ
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr009.html
http://www.jttk.zaq.ne.jp/baapu408/36machupichu.htm
マチュピチュの遺跡では約四時間過ごした。
私はまだ頭痛は治っていなかったがフラフラしながら歩き回った。
山の気候は変わりやすいと言うことで雨合羽も持参していたがラッキーなことに雨は一滴も降らなかった。
クスコ市は寒かったのに(厚いオーバーを着ていた)マチュピチュは暑かった。あんまりの太陽光線の強さにまいってしまい日陰を探したが日陰はついに見つけられなかった。

(写真)マチュピチュ内
頭は相変わらずガンガン痛む。それでも頑張って最後までガイドさんの後ろから衝いて歩いた。
いよいよマチュピチュの出口が近づいて来た。
後ろを何回も振り向き「これでマチュピチュともお別れか。
たぶんもう二度とは来られないかも知れない」と思うとなんだか寂しいような勿体無いような、頭がガンガン痛くてももっと居たいようなそんな気がした。後ろ髪を引かれる思いでマチュピチュを後にした。

(写真)ここが私の一番のお気に入りの場所
なんとなく心が落ち着くような気がした・・・

(写真)いよいよマチュピチュともお別れ
皆で記念写真
駅に行くための帰りのバスに乗り込んだ時、地元のガイドさんにインターネットで「グッドバイボーイ」が要るということを調べたけどグッドバイボーイはまだ出現するのかと尋ねたらラッキーなことにまだ要るらしい。
しばらくバスはクネクネの山を下山。
ガイドさんが「ほらっ!グッドバイボーイがバイバイしているよ」と言っている。
見たら大人(父親かも)といっしょに小学校5年生ぐらいの男の子がペルーの民族衣装を着て一生懸命バイバイしている。
もちろんバスの中の私たちも皆でバイバイをした。またバスはクネクネ道を下山。そしたらさっきバイバイをしていた男の子がもうすでに先に来ていてバスを待っていた(地元の人しか知らない近道があるはず)バスは彼を乗せるために停車。

(写真)バスにのりこんできたグッドバイボーイ
グッドバイボーイを乗せてバスは再び発車した。バスに乗り込んで来たグッドバイボーイはスペイン語で(と思うけど)「ナントカカントカ」と歌のようでもあるし、詩でもあるようなことを言っている。それがとってもかわいかった。その後皆からチップを貰っていた。もちろん私も彼にチップをあげた。私は子供には弱いのです。
この少年は駅の近くで降りた。
また帰りも行きと同じで約3時間半の列車の旅。
車内では列車勤務員の若い男女によるファションショーやペルーの民族舞踊などが披露された。

(写真)帰りのクスコ行きの列車でのペルー民族舞踊を踊っていた
ペルーの若者
私の頭は相変わらずガンガン痛む。
カメラをバッグから出すのをフユーしてファッションショーの写真を一枚も撮っていないのが後で悔まれた。
夕方にクスコ市内に戻って来た。やはりクスコは冷えるな〜。
寒い!そして頭痛は相変わらず。私の身体はぜんぜん高山に慣れる様子なし。
ギブアップ!この晩はクスコ市内のレストランでの夕食会。
そして生バンドもあるらしい。
やはり私はこれにも行けなかった。
もうただただ横になりたかった。
になったら気分が良くなるかと言うとそうではない。寝ていても気分はまったく同じ最悪さ。
ちなみにハワイからの参加者の八十二歳の淑子さんはぜんぜん平気だった。
クスコ、マチュピチュでもピンピンしていた。
クスコ行きの飛行機で隣り合わせた若い日本人の学生風な男性ともマチュピチュで偶然に再会したが、その時、高山病はどう?て聞いたらぜんぜん平気ですとの答えが返ってきた。
なんで〜私だけこんなに気分悪いわけ!でも私たちのツアーメンバーから二人の方がクスコまで来て高山病がひどくて結局はマチュピチュには行けなかった。
それを考えると私はクスコ市内観光は出来なかったがまあまあいいほうか、と思った。
ペルー沖縄移民100年際ツアー その8へ続く・・・



朝子さん羨ましいです。
文字を持たなかったと言われる彼らがどの様にして、あの傾斜のきついあの場所に
、かみそりの刃も入らないと言われる様なものを作ることが出来たのか、そしてはるか昔に今の脳外科と同じ様に頭蓋骨の手術痕を残せたのか?
興味は尽きません。
グッドバイボーイ可愛いですね。
ジンもうきの手段だと解っていても、チップあげたくなりそうですね。