いよいよ待ちに待ったクスコ市そしてマチュピチュへの出発の日。
ペルー行きを決心した時インターネット上で調べたらクスコ市では高山病が心配とのこと。
http://www.forth.go.jp/tourist/useful/10_kousan.html
高山病はかかる人も居るしぜんぜん平気な人も居る。
私はなぜか絶対に高山病にかかると確信していた。
なぜか分からないが確実にかかるような気がしていた。
ペルー出発前にわざわざドクターにアポイントメントを作って高山病の薬をくれと頼んだがぜんぜん聞いてくれない。
私の住んでいる町で高山病についてドクターに問い合わせたのは私しかいなかったはず。
高山に急に(飛行機で)降りないで下から徐々に登っていけば大丈夫だ。
とそればっかり言っている。
ヤブ医者!下から徐々に登っていく時間ないちゅうの!
高山病の薬はあきらめた。どうにかなるだろう。
秋子さんの従兄弟さんに会った時、「マチュピチュに行くのだ。」と従兄弟の娘さんのロザリアに話したら彼女は丁度去年の十一月に休暇で行って来たばっかりだと言う。
その時飲んだ高山病の薬が残っているからそれを二人で飲みなさい。
絶対に大丈夫だと言う。
喜んでそれを貰うことにした。
出発の晩から飲んで出発の朝、また飲めばだいたいは大丈夫だと言う。
出発前の晩、秋子さんと二人で、さては飲んでいいものかどうかと迷っていた。
薬のパッケージはスペイイン語だし、何が書かれているのかさっぱり分からない。二人で薬を手に持ってどうしたものかと考えていたら突然秋子さんが「ダーワンガサチヌムサ」と言って飲んでしまった。
秋子さんだけ飲ますわけにもいかないから私も続いてそれを飲んだ。
飲んだ後しばらく心配だったが大丈夫だったらしい。
翌日は無事に二人とも起きたから。出発の朝また一定づつ飲んだ。
飛行機は案外居心地が良かった。
飛行機会社は地元のエアーラインズだったが飛行機も意外と新しいような気がした。
約一時間の飛行機の旅。無事にクスコ市空港に到着。
飛行機から降りたらゆっくりと歩くようにとガイドさんに言われていたので全員ゆっくりと歩いた。
たまには飛行機を降りた途端にバタッと倒れ人も居るそうだ。
気をつけよう。

(写真)クスコ市内(ホテルに行く途中)
空港からホテルまでバスで二十分位。
まだまだ大丈夫。でもなんだかおかしいな〜。
胸がムカムカしてきて吐きたい。
なんだか頭もガンガン痛い。
来たなー(高山病が)と思った。
なんせ私の住んでいるフロリダ州は山がまったくない。
丘もあんまりない。なんとここは標高三千五百メートル。
空気が薄い。やはり高山病にかからないのがおかしい。
ホテルに着くなり酸素吸入のお世話になった。
でもあれもあんまり効き目はなかったような気がする。

(写真)ホテルの窓から撮ったクスコ市内
ホテルにはコカティーがいつでも飲めるように置かれていた。
コカティーは高山病にいいらしい。何杯も飲んだ。
でもあれもあんまり効き目はなかったような気がするなあ。
コカティーの飲みすぎ(と私は今でもそう思っているけど)で下痢をしてしまった。
割り当てられた各部屋に荷物を置きすぐにロビーに集合。
クスコ市内観光だ。
私は最高に頭が痛くてムカムカしていたが(ついには吐いたりもした)、一応大金を払ってきたペルー観光。
クスコ市内観光を見逃すまいとフラフラしてロビーまで降りたがやはりだめ。同室の秋子さんに明日のマチュピチュ観光のために用心して部屋で休んで居ると断ってまた部屋に引き返した。
この後からが地獄だった。
(ちょっとオーバーですが)その日は一日中食事は一切出来なかった。食べたくなかった。食欲がぜんぜんなかった。
リマのホテルで朝食を食べたのが最後の食事だったかな〜と思ったりしたがなんせぜんぜん食欲なし。
頭は誰かが私の頭の中に入って金槌で脳みそをガンガン叩いているような痛さ。アスピリン(頭痛薬)を飲んでもぜんぜんきかない。
私はただひたすらベッドの中でウンウン唸っていた。
秋子さんが市内観光からの帰りに、私のことを心配してテイキアウトで食事を持ってきてくれた。
だが食べ物を見ただけで吐きたい。
秋子さんには悪いと思ったが食事はできなかった。
習慣とは恐ろしいものであんなに苦しんでも寝る前にシャワーを浴びたい。
どうにか頑張ってシャワーに入ってまたベッドに潜った。
秋子さんも頭はガンガン痛いと言っていた。
http://www.peru-japan.org/Scusco.html
http://www.jttk.zaq.ne.jp/baapu408/02cuzco.htm
ペルー沖縄移民100年際ツアー その7へ続く・・・




























