
写真 リマ市内の高層ビル
さっそく問い合わせてみるとツアーは2006年1月25日から2月3日までの9日間の日程。
それにはクスコ市内、世界遺産マチュピチュ観光も含まれているとの事。
1月といえば私の職場は1年に1度の棚卸の時期。
猫の手も借りたいほどの大忙しさ。
私のボスがなんと言うか?
それに来年の10月には「世界のウチナーチュ大会」もあるし、もしペルーに行くとなると予算オーバーだな〜と一瞬思ったりしたが、ウジウジ考えているよりも行動が早いのが私のとりえ(?)。
さっそく県人会の皆に聞いてみた。
まず真っ先に「私、行ってもいいよ」と返事が返ってきたのが秋子さん(宮城島出身)。
他の人たちはやはりウチナーチュ大会に行きたいとのことでそれはミーもアンダーステンド。
結局は秋子さんと私が行くことになった。
私はまずボスのトムからのオーケーの許可を取らなければいけない。
さてどのようにこの話をトムにもって行ったらいいか。
まあクヨクヨ考えるよりも体当たりだ。
「トム!(アメリカの職場ではボスも名前は呼び捨て)私はペルーへの旅行を計画している。
ところがその旅行の日程がちょうどインベントリー(棚卸)の時期である。でもこの旅行は私にとって、とってもデージ(突然ウチナーグチ)重要な旅である。
沖縄ペルー移民100年祭の行事が盛大にペルーのリマ市で行われる。
それに私は参加したい。
なぜこれほどまでにペルー行きを望んでいるかと言うと実は私の祖父、祖母、そして両親、私のきょうだいたち、叔父、叔母が戦前ペルーに移民で行っていた。
私の祖父はペルーで相当に苦労し、やっと生活が安定し始めた時、戦争のゴタゴタに巻き込まれて結局は一文無しで沖縄に引き上げてきた。
私は私の家族が苦労したペルーをこの眼でしかと見て来たい。私の家族が吸っていた同じ空気を胸いっぱい吸って来たい。」
話をじっと聞いていたトムは
「朝子行きなさい。ペルーを見てきなさい。インベントリーは心配しなくていい。」
と言うではないか。
バンザーイ!ヤッタ!トムにはサンキュー、サンキューを連発した。
ボスの許可が取れたのでペルー行きの準備を開始した。
まず私がしたことはインターネット上でペルーについて徹底的に調べたこと。
便利な世の中になりました。インターネットには感謝です。
ペルー沖縄移民100年際ツアー その2へ続く・・・・










